ノリック ☆

ノリックが亡くなって早一年以上の月日が過ぎた。
ノリックを初めて見たのは1991年の秋、地方選手権「間瀬ロードレース最終戦」だったと思う。
自分もこの時この選手権(SP400)に出場していた。1988年から4年間続けたレースだったが、このレースを最後にレースをやめることにしていた。
好きだったレースだが、地方選手権レベルで入賞したくらいではどうにもならない事がよく分かった。
ぶっちぎりで1位になる位でないと誰からも評価されず、だだの趣味のレースになってしまう。

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戦う相棒はいつもスズキ!最高に好きなGSX-R400

一応は国内B級から国内A級に昇格出来るだけのポイントはあったが、通用しない事は分かってたし自分の夢をあきらめた年だった。
何ともいえない寂しさの中のレースだったが、この時サーキットに凄い子供が現れた。
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ホントにこんな顔してました。
当時16歳になったばかりの「ノリック」がNB125クラスでデビューした。
毎週サーキットに行ってるとみんなの顔は大体分かってくるが、見慣れない子供が来てるぞ!と思ったのが「ノリック」だった。
サーキットではその速さからすぐみんなの噂になった。さっそく走りを観察すると「すげー」の一言!!
後輪をスライドさせながら走る人は何人かいたが、この子供は前輪と後輪をスライドさせながらコーナーを立ち上がっていった。
しかも16歳!峠上がりの自分たちには出来ない走りだった。
こんな子供なら世界の頂点に立てるかも!と真剣に思ったのを覚えている。
レースは当然のごとく「優勝」で翌年国内A級に昇格した。
翌年彼を筑波サーキットに見に行ったが、彼を見物する人でヘアピンは一杯になっていた。その中を「TZ250」に乗って相変わらず前後スライドさせて走っていた。
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2007年長いGP生活から帰ってきて全日本に参戦していた。
この子供を最後に見たのは去年の夏の鈴鹿8耐その年の秋交通事故により亡くなってしまった・・・
ヨシムラを応援してたので、あまり応援はしなかった・・
こんなことになるならしっかり応援しとけば・・・後悔してます・・・
自分の中ではいつまでもあの時の子供のままです。
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