琢磨が一番速かった!

正月休みにライディングスポーツ(バイクレース専門誌)を見ていると
何とも嬉しい記事が載っていました。
 
 
「琢磨・ダカールラリー参戦!」 琢磨頑張ってるな!
 
青木三兄弟の次男 青木琢磨 (兄 ノブアツ 現スズキ・ワークス 弟 ハルチカ WGP125チャンプ後オートレーサーに)
1990年

4月 NB125、TT-F3でロードレース・デビュー
デビュー・レースをWウィン 間瀬(新潟)地方選手権、NB125、F3Wチャンプ獲得
※ ポールポジション:18回 優勝:19回 2位:3回 3位:4回

1991年

17才にして、国内A級を飛び越し、2階級特進で国際A級に昇格
日清カップヌードル・ホンダのライダーとして、全日本選手権国際A級250ccクラスに参戦 ランキング13位

1992年

全日本選手権国際A級250ccクラス・ランキング4位

1993年

全日本選手権国際A級250ccクラス・ランキング2位
鈴鹿8耐にマイク・スミスと組み参戦、3位

1994年

全日本選手権スーパーバイククラス ランキング2位
※ 優勝 6回

1995年

ホンダ・ワークス チームHRC入り
世界選手権第3戦 JAPAN GP  500ccクラス 3位表彰台
全日本選手権スーパーバイククラス チャンピオン獲得
※ 優勝 5回

1996年

全日本選手権スーパーバイク2年連続チャンピオン獲得
※ 優勝 8回、2位 2回、3位 1回
8月 鈴鹿8耐にカール・フォガティと組み参戦、3位表彰台
世界選手権スーパーバイク JAPANラウンド   優勝

1997年

世界最高峰 ロードレース世界選手権500ccクラス
ホンダNSR500Vで参戦 非力なマシンながらも2位1回、3位2回 初参戦にして、世界ランキング5位でシーズンを終える

1998年

栃木のテストコースにて、テスト中に転倒し、脊髄損傷を負う

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
1998年の事故が本当に悔やまれるが・・・凄い成績!!
1997年フル参戦のWGP500で二気筒のNSRでランキング5位!
当時自分が観察したところ小排気量よりパワーのある大排気量のが抜群のセンスがあると思う。
 
1990年琢磨君のデビューレース 間瀬地方選手権NB-F3クラス 実はそのレースに自分も参戦して琢磨君と戦った。(相手にならなかったけどね恥ずかしい
普段はSP-400に出てたんだけど、その時は確かSP-400のレースが開催されなくてSP-400仕様のGSX-R400に
スリックタイヤだけ履いて出た記憶があります。
琢磨君はカップヌードル・ホンダのNSR250R RKのF3?だった。
 
土曜の予選 SP-400のコースレコードが1分6秒くらいで自分はそれより0.5~1秒落ちの1分7秒(結構速いと正直思った!)
肝心の琢磨君は1分2秒とか3秒で・・・話になりません・・・
いくら2st・250有利っていっても同じクラスで走るからには最低でも2秒落ち位で走らないと….
 
日曜の決勝 自分はSP-400メインだからNB-F3は勝負かけよう!転んでもいいや!って思って
勝負かけたら・・やっぱりって感じで一周目の最終コーナーでフロントがすべり転倒です!悲しいしかも何台か巻き込んで・・・
レースだから謝らなかったけど、心の中ではみんなに謝ってました・・・「本当にごめんなさい。」
 
レースは琢磨君が優勝!正直にくたらしかったです。
その年練習走行とかで何回か一緒になったりして一緒に走ることはあったが、翌年琢磨君は2階級特進で国際A級に昇格
自分はまたまた国内B級・・・
2sは卑怯だ!SP-400なら絶対負けないぜ!って当時は思ったりしたが、どう考えても絶対負けてますね!
 
そんなことで琢磨君が1998年事故で車椅子生活になったのを聞いて自分のことのように心配した。
しかしこの記事を見て安心しました。やっぱりレースが好きですね!!
 
 
青ゼッケンプレートに白ゼッケンが当時のNB-F3 転んで悲しくピットに帰るところ・・・
 
琢磨君も頑張ってるから自分もがんばろ! 爆笑
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